日本リズム学会 

Japan Institute of Rhythm

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36大会

(各発表者のプロフィールは当ページ下段に記載)

 

アニメ・ゲームソングにおける「部分的つながりpartial connections」
―歌詞における“destiny”の音楽的処理に着目して―

川﨑瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD

発表者は民俗芸能の音楽とサブカルチャーの音楽を並行して研究している。前者については2018年に拙著『徳丸流神楽の成立と展開―民族音楽学的芸能史研究―』としてまとめたが、アイドルやアニメやゲームの音楽を「民族音楽学的」に分析することも可能ではないかと考えている。それはいわば「2.5次元のフィールドワーク」であるともいえる。
フィールドワークを志す上では、昨今の人類学における「存在論的転回」を看過することはできない。サブカルチャーを享受する私を含む彼・彼女らが、その享受する対象をどのように認識するかだけでなく、享受する対象それ自体がどのような世界を発現させているのか、その意味を問う必要がある。では、存在論的転回は具体的にどのように成されるのだろうか。
例えばアニメ・ゲームソングには、しばしば“destiny”という歌詞が登場する。今回注目するのはその音楽的処理の方法である。その処理は必然的にその発音に左右されるだろう。その処理の方法をリズム、旋律といった諸側面から整理すると、いくつかのパターンに類型化することができる。この繋がりを、人類学者のマリリン・ストラザーンが展開した「部分的つながり」という概念から説明することができるかもしれない。全く世界観が違い、かつ曲想も大きく異なる楽曲同士が、ある「部分的つながり」を示しており、かつその繋がりは、おそらくサブカルチャー、ないしはその時代のエクリチュールに何らかの形で影響を受けているのではないだろうか。
さらに、この「部分的つながり」が何らかの「ジャンル」を成り立たしめているのではないかとも考えられる。本発表の最後では、今後の課題として、全く繋がりがない細分化された諸作品の間に、「部分的つながり」を基とした「ジャンル」が存在する可能性について、若干の考察を試みる。

 

 


 

 ―日本のポピュラー音楽における例外的な和声
―自動分析プログラムの構築―

柴田陽介(九州大学大学院芸術工学府修士2年)・西田紘子(九州大学大学院芸術工学研究院助教)

日本のポピュラー音楽では、I→IV→V→I度などの基礎的な和音進行が支配的であるが、その一方でテンションコードやオンコードなどの複雑な和音も多用されている。これらの和音の有用な使用法は既に多く発見されており、様々な作曲法が生まれているが、実際に日本のポピュラー音楽の中でどのような頻度で使用されているのかを一定のコーパスから明らかにした研究は未だ存在しない。また、基礎的な和音進行についても、王道進行等への言及は散発的にみられるものの、データ量が不足しているのが現状である。そこで本研究は、オリコンCDシングルランキング等の上位に多くの楽曲がランクインしているアーティスト(プリンセス・プリンセス、Mr.Children、AKB48など)の楽曲における和音進行を分析し、年代やアーティスト、楽曲のセクション(Aメロ・Bメロ・サビ等)ごとにまとめることにより、和音進行の年代推移、アーティストの個性、セクションごとの特徴などを明らかにすることを主目的とする。先行研究(de Clercq & Temperley 2011)の方法を参考に、主たる和音及び特殊な和音の前後で使用されている和音を分析するという方法を採り、公式バンド・スコア等に基づいて調査した。また本研究は、Excel及びVBAを使用し、自動的に和音分析を可能にするプログラムを構築することを副目的とした。具体的には、和音を度数に変換し(C→I、Am→VImなど)、ある特定の和音の前後の和音を検索したり、アーティストやセクションごとにまとめたりといった機能を通して、和音進行から自動的に特徴を分析するシステムを開発した。将来的には、これらのプログラムは誰でも使用可能なものとなること、そして、様々なジャンルの音楽の和声データを蓄積したビッグデータを作成することを目指している。

 

 

 

旋法とは何か?(第9回) 

 「神秘和音」の音素材分析 ――スクリャービン《アルバムの一葉》作品58(1910年)の分析――

見上潤(音楽アナリスト

近代和声において重要な意味を持つ音素材である「神秘和音」のメカニズムを明らかにするために、「神秘和音」によって作品全体が作られているスクリャービンの《アルバムの一葉》作品58”Feuillet d'album”, op. 58 (1910)を主たる分析の対象にする。『総合和声』(1998年)以降の最新の島岡和声(ゆれ)理論をベースにして、マクロからミクロに至るまでの「ゆれ」明らかにした後、錯綜とした調性や和音の同定困難な細部を「音素材分析」によって実演を交えながら詳細に考察する作業プロセスを紹介することが本発表の目的である。
シェーンベルクと同様に、スクリャービンも1908年あたりを境にした作風の相克が生じ、やはりある種の「わかりにくさ」を聴覚的に感じさせられる。その一因となっているのが「神秘和音」であって、《アルバムの一葉》も一見するところ調性が機能していないようにも聞こえる。しかしながら、これをもってして機能和声が停止していると考えるのは早計であろう。fis, as, e, c を根音とする4つの移調形の「神秘和音」はドミナントとして機能し、低音構成を見れば最後には明らかにH durの終止を確認できる。音素材分析表によって、ここで使われている音素材を丹念にみると、使われている「神秘和音」の移調形の選択はかなり周到なプランに基づいていて、更には作品全体が一つの和音によって作曲されていると結論される。また、新ウィーン楽派と同様に、12音すべて使うことで一つの世界を形成するという思考もそこには認められる。明示はされていないが、『総合和声』にも「神秘和音」の記述があり、ドビュッシーにすでにその萌芽形態があることも明らかされていて、近代和声をさらに統一的に把握する可能性が広がりつつある。

 

 

 

 

イスラーム期インドのペルシャ語音楽書にみるリズム理論の融合

井上春緒(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)

本発表では、18世紀に書かれたペルシャ語音楽書の記述から、インド音楽のリズム理論におけるペルシャの影響について明らかにする。
 北インド古典音楽であるヒンドゥスターニー音楽は、メロディー理論ラーガとリズム理論ターラを基に即興的に演奏される音楽である。ターラの歴史は古く、6世紀まで書かれたとされる最古のサンスクリット語芸能書『ナーティヤ・シャーストラ』にその萌芽を見る事ができる。しかしながら、サンスクリット語音楽書に書かれたターラと現在のヒンドゥスターニー音楽におけるターラは大きく異なっている。その大きな要因としては、インド音楽は隣接する西アジアや中央アジアの音楽的影響を受けることで漸次的に変容してきたからだと考えられる。その中でも13世紀ごろから北インドに王朝を立てたムスリム達の持ち込んできたペルシャ音楽文化は、ヒンドゥスターニー音楽の形成に決定的な影響を与えた。しかしながら、この時期に具体的にどのような音楽文化の融合が起こったかについては、ほとんど明らかにされてこなかった。
 そこで本発表では、これまでほとんど研究対象とされてこなかった幾つかのペルシャ語音楽書の分析を通して、イスラーム期インドにおいてターラがどのようにペルシャの音楽理論に影響を受け、変容したのかを明らかにしたい。
 本研究では主に18世紀のカシュミール地方においてダヤ・ラーム・カチュルー(Daya Rām Kachrū, 1743-1811)によって書かれた音楽書『タラーナ・イエ・スルールTarana-yi Surūr』と同じく18世紀に書かれた『リサーラ・イエ・ハッジー・ジフリー・イスファハーニー・ダル・ファンネ・ムースィーキーRisāla-yi Ḥajjī Ḥusayn Ẓihrī Iṣfahānī dar Fann-e Mūsiqī』(作者不明)を分析した。これらの音楽書は論理的でない部分も多く、分析が困難であるもののターラが現在の形態に変容していく段階を記した貴重な史料である。これらの音楽書の丹念な分析は、ヒンドゥスターニー音楽の形成史を明らかにする上で重要である。

 

 

 
 

英語リズムムーブメントの概念と実践報告

石川良美(一般社団法人英語リズムムーブメント協会(ERMA) 代表理事)

多くの日本人が英語学習に多大な時間を費やしているにも関わらず、日本人全体の英語スキルの低さが問題となっている。その大きな要因の一つは日本人の「英語言語リズム」の捉え方にあり、その言語リズムを認識することが言語習得では非常に重要であると考える。
各言語には固有のリズムがあり、個々の言語リズムには時間的な要素(タイミング、長さ)だけでなく、空間的な要素(強さ、方向、スピードなど)も含まれており、日本語と英語のリズムはこれらが大きく異なる。そのため、日本語のリズムを感じる身体モードでは英語を聞いたり話したりすることに困難を感じやすい。そこで、まずは英語リズムを感じる身体モードを体得し、その状態で英語を学習することが効果的な英語習得につながると考える。
以上の現状を踏まえ、日本語の言語リズムから離れて英語の言語リズムを体得するための手法として、音楽のリズムと身体の動きを効果的に使用する「英語リズムムーブメント(以下ERM)」を開発した。ERMは、鷲津名都江の言語リズム素、James AsherのTPR(全身反応教授法)、Petar GuberinaのVT法などの先行研究をもとに、英語のリズムに沿った身体の動きを用いながら英語を口ずさむことで、楽しく効果的に英語を習得できるのではないかという仮説のもと名付けられた。そして第二言語習得論、音楽教育理論、脳科学などの理論を取り入れながらERMの研究開発を進め、これまで2000人を超える親子を対象にRhymoe(ライモー)プログラムとして実践を重ねてきた。その結果「英語が自然に身体に入ってくる感覚を知る」「英語の聞く力・話す力が向上する」といった効果が見られただけでなく、「親子のふれあいの機会の増加」「音楽・運動・ダンス等の能力の向上」という効果ももたらされた。今学会ではERMの概要及び実践の様子を発表する。

 

 

 

謡のリズム技法による七五調詞章の変容性
 ―シテ方五流派の比較を通して―

坂東愛子(能楽観世流シテ方)

日本の伝統的な歌舞劇である能は、音楽と所作をつなぐために、リズムを重要な共通要素として構成している。能の台本となる謡には、登場人物によるコトバ(台詞)と大部分が地謡によって斉唱されるフシからなり、八拍子を単位に複雑なリズム法則をもつフシ部分については、これまで拍と詞章の関係から体系化されてきた。とりわけ、「モチ」という母音の延長を加えて謡う平ノリには、拍子内の七五調詞章の配分に歴史的変遷がみられる。現行する平ノリの謡い方は、理論上、「モチ」を上ノ句の奇数拍(1・3・5拍目)に配置するリズムパターンを基本に確立されたが、実践される活用パターンの実態については詳しく解明されていない。そのため発表者は、先駆けとなる実践研究として、「モチ」の配置を捉えた従来の方法から新たに文字の配分を基準とする分析法を設定し、1980年代以降の国立能楽堂自主公演における389上演の統計調査を行った。以後、活用パターンについては運用型と称し、現行の基本とされる運用型を《1・3・3・5型》のように文字配分から名称化し表記する。
前回の大会において、調査結果より現行する実践パターンは、《3・4・5型》《3・3・6型》《1・2・4・5型》《1・2・3・6型》《1・3・3・5型》《4・3・5型》《4・2・6型》の7種の運用型であることを紹介した。その使用頻度は、《3・4・5型》と《3・3・6型》が上位であり、現行理論とされる《1・3・3・5型》は、頻度が低いことが認められた。
前回の調査結果を基に本発表では、シテ方五流派(観世・宝生・金春・金剛・喜多)による比較を通して、7種のリズム構成や歌唱技法の特徴を分析する。所作の影響がみられた特殊な部分については、所作の型と謡の運用型との関連からさらに考察していく。

 

 

 

  

平ノリの7つのリズムパターンはどういう基準で選ばれているのか

安田寛(音楽学者)

これまで1つのリズム・パターンで説明されてきた能の平ノリのリズムが,実演の分析によると実際には7パターンあるという画期的な研究が坂東愛子氏によって,昨年本学会で発表された。
 平ノリは,七五調2句を8拍子で演奏する。この条件によれば,平ノリのパターンは相当数が可能なはずである。ところが実際に演奏されるパターンは7種類しかないという。この観察結果はとても面白い。なぜなら,相当数可能なパターンから,なぜ7種類だけが選び出されているのだろうか,という新たな問題を呼び起こすからである。
 氏が検証した平ノリのパターンは,強勢アクセントの有無に着目すれば,以下の図にまとめることができる。太字カタカナは強勢アクセントが置かれる音を表す。

         現代式
           《3・4・5型》 ビキり ひ
           《3・3・6型》 ビキケリ ひ
           《1・2・4・5型》 たなビキり ひ
           《1・2・3・6型》 たなビキケリ ひ
           《1・3・3・5型》 たなきにり ひ
           《4・3・5型》 きにり ひ
           《4・2・6型》 きにケリ ひ

 
 上図から現代式平ノリのアクセントの特徴が分かる。
  1.第3文字(第2拍),第6文字(第4拍),第9文字(第6拍),第11文字(第7拍)は常にアクセントが有る。
  2. 第2文字,第5文字,第8文字,第10文字,第12文字は常にアクセントが無い。
  3. アクセントが有ったり無かったり変化するのは,第1文字,第4文字,第7文字である。
 この特徴を手がかりに,本発表では,理論的に相当数可能な平ノリのリズムの中から7つのパターンだけが選ばれる基準を明らかにする。

 

  

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発表者プロフィール

川﨑瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD

博士(音楽学)。国立音楽大学助手を経て、現在は神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD。共著『遠野学 vol. 3』遠野文化研究センター、2014年所収の論文で「遠野文化奨励賞(佐々木喜善賞)」受賞。共著Apocalypse Deferred: Girard and Japan, University of Notre Dame Press, 2017所収の論文で「ライムンド・シュヴァーガー記念論文賞」受賞。単著『徳丸流神楽の成立と展開―民族音楽学的芸能史研究―』第一書房、2018年。

     

柴田陽介(九州大学大学院芸術工学府修士2年)

九州大学大学院芸術工学府・修士2年。大学入学時より音響物理学、音楽理論など音・音楽について学ぶ。卒業研究「日本のポピュラー音楽の和声分析――1980年代終盤以降のヒットソングに注目して」に関して日本音楽学会第38回西日本支部例会にて発表。

  

  

西田紘子(九州大学大学院芸術工学研究院助教

九州大学大学院芸術工学研究院・助教。専門は西洋音楽理論・分析。

  

  

見上潤(音楽アナリスト

音楽アナリスト、指揮者、ピアニスト。研究テーマ:テクスト・音楽・演奏を統一的に把握する「ことば・おと・こえの三位一体」の理論と実践。音楽分析学研究会・ドルチェカント研究会主宰。日本音楽理論研究会幹事。日本リズム協会会員。日仏現代音楽協会会員。国立音楽大学声楽学科卒。同大学院作曲専攻(作品創作)修了。

  

   

井上春緒(京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科)

京都大学アジア・アフリカ地域研究特任研究員。インド音楽の打楽器タブラーの奏者として、数々のコンサートに出演。民族音楽の実践と理論の両側面から研究を続けている。

  

  

石川良美(一般社団法人英語リズムムーブメント協会(ERMA) 代表理事)

幼児英語教育研究家、京都大学教育学部卒業。2015年より英語リズムムーブメント(ERM)理論を研究、Rhymoe(ライモー)プログラムを考案。神戸を中心に延べ2000人以上にRhymoeを実践。2018年5月より、Rhymoeが渋谷区共育プラザ&ラボ“すぽっと”の共育プログラムに採用。2017年一般社団法人英語リズムムーブメント協会(ERMA)設立、代表理事を務める。

  

   

坂東愛子(能楽観世流シテ方)

能楽観世流シテ方、能楽協会会員。国立音楽大学器楽学科(ピアノ)卒業。東京藝術大学邦楽科(能楽シテ方)卒業。東京藝術大学大学院音楽研究科(音楽学)修士課程修了。実践者の視点から、能の伝統的な音楽技法について研究を行っている。

   

安田 寛(音楽学者)

1948年、山口県生まれ。1974年国立音楽大学大学院修士課程修了。奈良教育大学名誉教授。近著に『バイエルの謎 日本文化になったピアノ教則本』(音楽之友社、2012年、新潮文庫、2016年)、共著に『仰げば尊し―幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡』(東京堂出版、2015年)などがある。