日本リズム学会 

Japan Institute of Rhythm

53例会

 

「信時潔の神話的思考―交声曲《海道東征》の構造分析―」

川﨑瑞穂(国立音楽大学助手 →プロフィール

 発表者は「日本の民俗芸能とその音楽に関する構造人類学的研究」というテーマの下に研究を行っているが、クロード・レヴィ=ストロースのいう「神話的思考」は、民俗芸能などといった「民俗・民族学的」対象のみに留まらず、サブカルチャーのような、まさに「今・ここ」で生起して「生きられた」文化にこそ見出せるものである。構造主義的なアプローチが、まさにそれを「生きている」人々の文化に援用できることを、発表者はすでにいくつかの論文において指摘した。例えば拙稿「『サクラ大戦』のブリコラージュ:テレビゲームにおける神話的思考」(2013)においては、テレビゲーム『サクラ大戦』の楽曲が、先行する芸能(宝塚歌劇など)や楽曲(滝廉太郎《花》など)を引用して創作されていることを明らかにした。
このような構造主義的なアプローチは、民俗芸能からサブカルチャーまで、広く文化的事象を考究する上で有効なものであるが、このアプローチは、例えば戦時下の日本の詩歌の分析にも効果を発揮する。中野敏男『詩歌と戦争――白秋と民衆、総力戦への「道」』(2012)は、詩歌が十五年戦争にどのように関与したかについて、主に詩のテクスト分析から詳しく追及しているが、当時の詩歌を研究する上では、音楽自体の構造分析も有効である。
本発表ではその一例として、信時潔(1887‐1965)の交声曲《海道東征》(1940)の分析を行う。この曲については、主にイデオロギーの観点から言及されてきたが、軍国主義に拒絶の意を表していた信時の翼賛的作品、というこの作品の両義的性格は、その理解を困難にしてきた。しかし、イデオロギーを一旦括弧に入れてこの作品を分析すると、この作品は、いわば一つの「神話」として読むことができることがわかる。本発表は、信時潔自身の神話的思考を析出しているという点において、音楽の構造分析だけではなく、信時潔研究にも一石を投ずるものであるといえるだろう。